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114 こんにちは!

last update Last Updated: 2025-09-05 17:00:58

 あおい荘の門をくぐった少年は、花壇の前で足を止めた。

 穏やかな笑みを浮かべ、今日の点数2点追加だ、そう思いスマホのアプリに加点する。

「こんにちは! 失礼します!」

 玄関に立った彼。

 生田兼嗣の孫、兼太は元気いっぱいに声を上げた。

 * * *

「おじいちゃんの家に泊まる?」

 夕食の済んだ生田家。兼太の言葉に、父の兼吾が意外な顔をした。

「うん。俺、母ちゃんとの約束守って、期末試験も頑張った。手応えもあったし、これなら多分、学年10位以内は大丈夫だと思う」

「そうか。お前、頑張ってたからな……しかしなるほど、そういうことだったのか」

「あれから俺、じいちゃんの家に行きたくて、何度も母ちゃんに頼んでたんだ。でも母ちゃん、受験生がそんなことでどうするんだって、聞いてもくれなかった。でも俺、どうしてもじいちゃんに会いたいんだ。だから父ちゃん、駄目かな」

「いや……いいんじゃないか」

「よしっ!」

 兼太が拳を握り、嬉しそうに声を上げる。

「ちょっとあなた、勝手に話を進めないでもらえます? 兼太、私は反対ですよ。試験が終わったぐらいで浮かれてどうするの。受験まで気を抜いてる暇なんてないんですからね。そんな覚悟で受かるほど、あなたの志望校は楽じゃないのよ」

「俺のって言うか、母ちゃんの志望校だろ」

「まあまあ、兼太も仁美も落ち着きなさい。兼太、母さんの言うこと、分かってくれるよな。母さんはお前の為、あえて嫌われ役になってくれてるんだ」

「……分かってるよ。俺だって子供じゃないんだから」

「仁美、お前もだぞ。考えてもみなさい。兼太がお前の言葉をないがしろにしてることなんて、今まであったか? こいつはこいつなりに考えて、お前の言いつけを守ってる。だから……たまにはこいつの言うことも、聞いてやってくれないか」

「でも……

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